クリスマスに思うこと

10月31日にハロウィンが終わってから、街は12月24日に向けてクリスマスムードを少しずつ高めてきた。街路樹にはLEDが巻きつけられ、徐々に寒くなる気温に反比例するように2020年の終わりに向けて気持ちは昂ってくる。12月に入れば商店街のアーケードを歩くとクリスマスソングが繰り返されているし、駅前のような人通りの多い場所にはクリスマスツリーが設置され、我々がクリスマスというイベントに参加しないことを許さないという社会からの強い気概を感じずにはいられない。

12月24日にはケーキやチキンがこれでもかと売り飛ばされ、夜になるとコンビニやケーキ屋の入り口では安っぽいサンタ服を着た店員が声をあげてケースに入った商品を売り切ろうとしている。寒空の下でこんな仕事をさせられる彼らには同情を禁じ得ず、私がケーキやチキンを一個買えばそれだけ彼らの帰宅が早くなるのだろかという思いが頭によぎるが、どうせ私が買ったらその分が店の奥から出てきて補充されるだけだと言い聞かせて、後ろ髪を引かれるようにその場を離れる。

 

 

 

そんな景色を毎年見てきたし、今年も同じようにしてクリスマスの夜は更けていくのだろう、そう思って寒さに縮こまりながら駅から家まで歩いていると後ろから悲鳴が聞こえてきた。

振り返ると、全裸の中年男性がいた。いや、厳密には全裸ではなかった。赤いサンタ帽子はかぶっていた。

彼は叫ぶ。

「マッチ、マッチはいらんかね!よく燃えるマッチはいらんかね!」

それなりに人通りのあるところだったから、すぐに周囲には人だかりができた。ひそひそと話すカップル。笑いながらスマホのカメラを向ける若者の集団。警察に通報しているらしきスーツの男性。なぜ彼は全裸なのか。彼の言うマッチはどこにあるのか。突然の事態に頭が回らなくなり、その場に立ち尽くしてしまった。

ふと、人だかりの中から「マッチなんてねえじゃねえか」とやじが飛んだ。その通りだ。よく言ってくれた。だが、男はその方をキッと睨みつけると、帽子の中からライターを取り出し、野太い叫び声とともに陰毛を一本抜き取った。

彼の上げる声の力強さは、すなわち彼の感じる痛みだった。

「これがワシのマッチじゃ!」

叫んで乱れた息を整えた男はそう叫び、ライターで毛を炙ってみせた。ちりちりと焦げ、消えていく男の陰毛。ライターの火の方がよっぽど明るかった。カメラを向けていた若者の集団から1人が歩み寄り、万札1枚を出して男のマッチを買い上げた。ここで燃やしていってくださいよと笑いながら言う若者。男は手に握られた1万円と自分の股間を何度か交互に見て、自らの股間にライターの火をあてた。歯を食いしばり、顔を真っ赤にして耐える男。大体2000本とすると1本5円ということになるから、まあそんなものだろう。

遠くに聞こえたサイレンが間もなく音量を増し、角を曲がってきたパトカーの赤灯が男の顔を一層赤く照らした。毛布を持った警官が近づいてくるのにあわせて1人、また1人と消えていく野次馬に紛れ、私もその場を後にした。

寒い夜だった。天気予報で夜更け過ぎには雪が降ると言っていたのを思い出した。

 クリスマスには奇跡が起きるという。どんな小さなものでも良い、警察署でクリスマスを迎えるだろう彼にも、どうか奇跡のあらんことを。

 

良いクリスマスを。

以上