ケムリクサの感想など2

前回ケムリクサの感想を少し書いたが、今回は分量の都合などで書き切れなかったことを書いておきたいと思う。*1*2

comb.hatenablog.jp

 

主人公は誰か

この作品の主人公は誰なのかということを考えてみると、意外と難しい問題である。一見わかばが主人公のようにも見えるが、公式にはりんが「中心的人物」ということになっている。

kemurikusa.com

しかも、ここではわかばは紹介されていない。これを踏まえると、主人公はりんであると見ることもできるだろう。

とすると、りんとわかばの立ち位置は何かという疑問が生じる。

ここでは、まず主人公がりんであるという観点に立って、物語を抽象化することで検討を進めていこうと思う。

本作はりんが姉妹に支えられて成長し、自らの「スキ」を見つけ出す物語と捉えられる。遺された姉妹を守るべく先頭に立って戦うことを決めたりんは、確かにそれ以前、りくが「ビービー泣いていた」と表現していた時よりも強くなったということができるだろう。しかし、その強さは脆いと言わざるを得ない。りんが強くあろうとする理由は明快で、姉妹を守ろうとするためである。これは確かに強力な理由だが、それ以外の理由がないのである。すなわち、何かのきっかけで姉妹が失われれば、もはやりんにとって強くあろうとする理由はない。だからこそ7話で破壊できない壁にぶつかった時は座して死を待つことは考えず、むしろ自らの「本体」を使う、いわば自分の命と引き換えに壁を破壊するという考えを躊躇うことなく実行しようとし、りつが慌てて止めている。これは表面的にはもちろん強い自己犠牲精神ゆえの行動と見ることもできるが、(この時点での)りんの認識では現状では自分でないと壁を破壊することはできず、従って自分が壁を破壊しなければそれは水が尽きて自分のせいで姉妹もやがて死ぬことを意味するからこその行動と見ることもできるし、ここからさらに穿った見方をすると、目の前で自分の姉妹が消えていくのを見るくらいなら先に消えてしまいたいという自己中心的な考えを邪推することも不可能ではない。これこそがりんの強さの裏にある脆さである。

一方で、作中のりんはりつ、りな、わかばと前身を続けるうちに心境に変化が生じている。一言で言えば、しなやかさを獲得しているといえるのである。わかばという存在を得たことにより、そしてわかばに信頼を寄せられるようになり心に余裕ができた結果、当初のどこか刺々しい雰囲気は最終的にはわかばが12話の最後に指摘しているように丸くなっていることは論を俟たないだろう。*3

以上の点を踏まえると、りんは本作において殻を破り成長するヒーローたる存在であったと結論づけることができる。ならば、そのりんと対を為す存在であるわかばはどのような立ち位置にあるか。

単刀直入に言えば、メインヒロインであるということができると思う。

ヒロインはヒーローを支える存在であり、ヒーローと結ばれる存在である。作中のわかばの役割に適合していることがよく分かっていただけると思う。

さらに、りんはりりの記憶の葉を受け継いでいる。この点において、りんは6人の姉妹の中でりりに最も近い存在であるとすることができる。

ここでりりの行動を振り返ると、ワカバとの別れ以降のりりはほぼ一貫してワカバとの再会を目的に行動しているように描かれている。りんとわかばについても、最終話でりんが自ら述べているように同じ構図を見ることができる。

すなわち、本作はりり/りんがワカバ/わかばを一度失い、再び手に入れるまでの物語である。この構図において、りんの行動は失われたものを取り戻すという主体的なものであるのに対し、わかばは一度失われてりんに助けられると極めて受動的である。この点からもりんがヒーローでわかばがヒロインであることが明らかに見て取れると思う。*4

補遺

上に書いたように、本作はりんの成長を描いた物語であると抽象化することができる。ここではもう少し掘り下げてみようと思う。

既に述べたように、かつて弱く、姉妹に守られる存在だったりんは、遺された姉妹を守るという必要に迫られて強くなった。一方、その強さは脆さも内包していたのであった。

姉妹を守るためという動機は確かに明確だったが、その動機には姉妹は自分が助けるものだという前提があった。だからこそ、例えば橋でヌシと対峙した時には、りなが陽動するというアイデアはりんではなくわかばから出された。りんにとってりなは守るべき存在であり、主体的に戦闘に参加するということは考えられなかったからである。

このような脆弱な動機に支えられた強さは、やがて打ち砕かれるものである。姉妹を守るということは守るべき存在である姉妹の助けを期待することができなくなることになる。最終盤、巨大な赤い幹との闘いに臨むりんは、当初1人で戦おうとするも歯が立たなかった。結局、りんはわかばを失い、本体を使って戦おうとするが、失敗する。りんにとって姉妹を守ることは何よりも優先されることであり、りんは失意のうちに姉妹のもとに戻ろうとする。

物語はここで、りんがりつとりなからの伝言を受けたことで大きく動き出す。伝言の内容は、「りんの好きなことをしろ」という、奇しくも直前にりんが見た、りりからのメッセージに一致するものだった。そして、りつとりなが戦っていること、2人がりんのために残った貴重なケムリクサを届けたことを知る。ここにきて、りんは「姉妹を頼ること」を思い出して背中を任せ、自分の「好き」のために生きることを思い出して目の前の壁を打ち破るのである。りんは戦う理由として「姉妹を守るため」だけでなく「わかばを取り戻すため」という新たな理由を手に入れたのである。

この二つを思い出したりんは、かつての脆弱さを克服し、より強くなったといえる。姉妹だけでなく自分の「好き」のために生きるからこそ再び走り出し、左腕と左脚を失っても*5、姉妹を頼れるようになったからこそ既に亡くなったと思っていた姉妹に助けられる。りょうがりんの頭を撫で、苦労を労うシーンは象徴的である。当初姉妹のために孤独に戦っていたりんからは考えられないだろう。

姉妹を頼ることで壁を打ち破ることに成功したりんは、かつてのりりの因縁に決着をつけてわかばを取り戻し*6、結果として今まで守ってきたりつとりなも無事であるという未来を勝ち取ったのである。最後にりんが見せた涙はりんの緊張の糸が切れたため、姉妹を守ることができた喜びのためなどといった理由を与えることもできるだろうが、これもかつてりんがすぐに泣いていたことを踏まえると、根本的にはりんが以前のように姉妹を頼れるようになったためと見ることもできる。

 

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りつ。12話より。強そう。

 

以上

*1:前回の記事は大体2000文字ちょっと、今回の記事は大体3000文字弱ある。

*2:はてなブログはページを分割することができないのであまり長く書けない。勝手に自分の中で目安は3000文字以内ということにしている。

*3:もちろん必要な場合にはしっかり周囲を警戒しているが。

*4:それこそ毎度さらわれるピーチ姫とその都度助けに行くマリオの構図と同じである。

*5:結構グロテスクなシーンだと思う

*6:1話で警戒して巻いていた紐が結果としてわかばを救ったのは伏線としてすごいと思った